ときめキッス

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映画『タンジェリン』のラストシーンの意味と解説【ネタバレ】

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全編iPhone5sで撮影され、LGBTQや移民などのマイノリティの暮らしをコミカルに描いたことが話題になった2015年の映画『タンジェリン』を観た。

コインランドリーでのラストシーンに胸が熱くなったのだが、ハフポストに興味深い記事があったので、3年遅れで要約メモするぞ~!

youtu.be

※ラスト付近とエンディングについてのみ言及するので、本編を観終わってから読むことを推奨!

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(引用元: 公式Facebook)

ラスト10分のあらすじ

シンディの親友・アレクサンドラが、シンディの交際相手と1度浮気したことが発覚。シンディはアレクサンドラに対して「あなたたち、お似合いよ」と静かに言い残し、足早に立ち去って行く。アレクサンドラは謝りながら追いかけるが、シンディは無視して歩き続ける。しばらくしてシンディは立ち止まると、「ひと稼ぎして行くから帰って」と言い、客を探しに行く。 

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(画像引用元)

しかし、1台の車に声をかけたシンディは罵倒されながらカップに入った尿をかけられ、髪や服が汚れてしまう。近くにいたアレクサンドラはシンディに駆け寄り、手を引っ張ってコインランドリーに連れて行く。

洗濯するため上着を脱がせ、アレクサンドラがシンディのカツラに手をかけると、シンディは一旦拒否するも、カツラを脱いで投げ捨てる。

コインランドリーのベンチに腰掛けるが、しきりに店の外を確認して落ち着かない様子のシンディ。それを見たアレクサンドラは自分のカツラを脱いでシンディに被せる。

2人は見つめ合ってお互いの手を握り、そのまま幕が下りる。

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トランス女性にとってのカツラが意味するもの

書いているだけで思い出して泣きそうになってしまうシーン。このシーンについての記事がこちら。↓(英語記事)

www.huffingtonpost.com

※ここでは分かりやすくするため、MTFをトランス女性、ウィッグをカツラと表記する。

記事の一部を意訳&要約すると、トランス女性にとって、カツラは非常に神聖なものであり、パブリックな場でカツラを脱ぐことは、裸になったも同然なのである。"彼女"が"彼女"でなかった頃を思い出させてしまう。

演じたのがストレートの女優であれば、もしかしたら簡単に出来ることかもしれないが、シンディ役のキタナ・キキ・ロドリゲスとアレクサンドラ役のマイヤ・テイラーはそうではなかった。自身もトランス女性である彼女たちは台本を飲み込むのをためらい、密室のセットを要求した。そのシーンを友人や見物人に見られることを嫌がり、スタッフすらもコインランドリーの駐車場で待機させて撮影した。

彼女たちはこのラストシーンを愛したが、同時に憎んでもいた。このシーンの意味を理解した上で、トランス女性である自らの記憶や気持ちと向き合わなければならなかったためである。

ショーン・ベイカー監督は、トランス女性のカツラを脱がせることが2人の女優をどう感じさせるかを考慮し、通常のシーンのようにいくつものテイクとアングルで作り上げることを望まず、ベッドシーンを撮影するかのように慎重に挑んだ。なぜなら、彼女たちにとっては裸だったから。1テイクのみで撮影が終了し、ほっとしたと語っている。

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(引用元: 公式Facebook)

一見、なんてことないように見えるラストシーンだが、2人の女優にとっては大きな勇気と決断が必要だった。ラストシーン撮影後に監督は、「本当にありがとう。難しい撮影だったけれど、特別な何かを感じることが出来たよ」と、勇敢な彼女たちを抱きしめたという。

アレクサンドラは、カツラを脱いだシンディを見つめ、自らのカツラを被せてあげた。つまり自分も裸になることで、最大級の敬意を払ってシンディへの罪を償った。友情の証と言ってしまえばチープになるが、そんなものでは言い切れない絆がそこにはあるに違いない。

 

余談

ラストシーンを何度も見返していてふと気付いた。この映画が全編iPhoneで撮影されたことを、本編の序盤ですでに忘れていた。宣伝広告ではそのことばかりがピックアップされがちだったにも関わらず、ストーリーや音楽にのめり込んでいたので少し画質が粗いかなという程度の感想だった。言われなければ気付かなかったと思う。

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(引用元: YouTube Academy Museum: The iPhone From "Tangerine")

メインの女優2人は演技未経験で、大きい機材などがあると身構えて緊張してしまうだろう。撮影側も身軽に動きやすく、様々なアングルで撮ることができるのだという。撮影の手法や技術に詳しくない私のような人間でも、メリットがたくさんあることがわかる。映像関係に興味のある人にとっては身近で夢のある撮影法なのかもしれない。

しかし、この作品にとってのiPhoneはあくまで低予算で効率的に撮影するためのツールであり、「全編iPhoneで撮影された映画」と大きく宣伝されて内容が雑に扱われるよりも、「キャストの演技が素晴らしく、リアルでポップなマイノリティ映画」として認識される方が、監督にとっても出演者にとっても良いことなのではないか、と思う。たまたまiPhoneで撮影されているだけなのだ。